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神戸地方裁判所 昭和59年(行ク)9号 決定

申立人(原告)

中口和男

右代理人

羽柴修

野田底吾

高橋敬

相手方(被告)

兵庫税務署長

右指定代理人

田中治

外四名

主文

本件文書提出命令の申立てを却下する。

理由

一申立人の文書提出の申立て及び意見

別紙(一)ないし(三)のとおり。

二相手方の意見

別紙(四)及び(五)のとおり。

三当裁判所の判断

1本件においては、本件申立てのかかる文書の所持者である西宮税務署長が、民事訴訟法三一二条一号の「当事者」に該当するかどうかについては問題のあるところであるが、この点の判断はしばらく置き、本件申立てにかかる文書(乙第二号証の一ないし二二は除く趣旨と解される。以下同じ。)が、同条号所定の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」に該当するかどうかについて検討する。

同条号が、当事者が引用した文書につきその当事者に提出義務を課している趣旨は、当該文書を所持する当事者においてその存在を主張し裁判所に自己の主張が真実であることの心証を一方的に形成される危険を避けるため、当該文書を相手方の批判にさらすのが公正であるという考量に基づくものであると解される。そうすると、同条号所定の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者の一方が、訴訟において立証それ自体のためにする場合だけに限られず、その主張を明確にするために、文書の存在について、具体的、自発的に言及し、又はその存在・内容を積極的に引用した場合における当該文書を指すものと解すのが相当である。

2これを本件についてみるに、まず、相手方は本件訴訟において本件申立てにかかる文書を引用しているかにつき検討するに、本件記録によると、相手方は昭和五七年二月二四日付け第二準備書面二、1、(一)における同業者選定基準の(2)として「青色申告書により確定申告をしている者」、同二、1、(二)において「前記1で述べた同業者の各年分の青色申告決算書に基づき同業者率を算出すると、……」及び、同二、2、(二)における「右同業者率、算定の基礎とした各計数は、同業者の青色申告決算書に基づくものであり、……」の三か所において青色申告書又は青色申告決算書という言葉を用いて主張している他は、申立人は本件申立てにかかる文書名を用いて主張しているところは見当らない。

そこで次に、相手方の右主張部分が本件申立てにかかる文書の引用に当るかについて検討すると、前記の同業者選定基準の(2)としての「青色申告書により確定申告をしている者」とは、相手方主張のように、類似同業者を選出するための母体として「確定申告をした者のうち青色申告をした者」、すなわち「青色申告書」に限定するという意味で青色申告書という言葉を用いて一般的概括的に主張したものと解されるが、それ以上に本件申立てにかかる青色申告書の存在について具体的、自発的に言及し、又は、その存在・内容を積極的に引用したものとはとうてい解されない。

また、相手方主張の前記の「前記1で述べた同業者の各年分の青色申告決算書に基づき同業者等を算出すると、……」、「右同業者率、算定の基礎とした各計数は、同業者の青色申告決算書に基づくものであり……」部分における青色申告決算書という言葉も、その主張の趣旨内容から同業者選定基準に基づき選定された同業者(昭和五一年分は四名、同五二年分は八名、同五三年分は九名)の青色申告決算書に限定して用いていることは明らかであり、申立人が提出を求めるようなすべての塗装業者の昭和五一年から同五三年までの青色申告決算書の存在について具体的、自発的に言及し、又はその存在・内容を積極的に引用したものとはとうてい解されない。

なお、申立人は、本件申立てにかかる青色申告書及び同決算書は本件更正処分の合理性を基礎づけるところの「同業者率」を導き出す唯一の文書なので、同文書の内容は具体的であり、また原告の立証活動には必要不可欠である旨主張する。

しかしながら、相手方は本件訴訟において、右文書を積極的に引用した形跡は見当らないので、申立人の主張は失当といわなければならない。

3よつて、申立人が提出を求める文書は、相手方が本件訴訟において引用した文書に該当しないので、本件文書提出命令の申立てはその余の点について判断するまでもなく失当として、主文のとおり決定する。

(村上博巳 小林一好 横山光雄)

別紙(一)文書提出の申立て書

一、文書の表示

西宮税務署あてに提出された塗装業者の昭和五一年から同五三年までの青色申告書及び同書添付の決算書一切(ただし、提出は右書面の写で業者名、住所は黒塗)

二、文書の所持者

(保管先) 西宮市江上町三―三五西宮税務署

三、文書の趣旨

本件訴訟において、相手方が申立人に対する昭和五一年から同五三年まで所得税の申告に対する更正決定を行つた根拠は、調査により実額を算出してそれが申立人申告と差異があるということでなく、全くの推計である。その推計の根拠たる同業者率なるものは一項記載の文書から一定の基準で抽出することにより行つたということであり、右文書は、本件更正決定の算出根拠の資料である。

四、証すべき事実

相手方主張の同業者率に全く根拠がないこと

1、抽出過程についても、抽出の母集団をすべて明らかにしたうえ、その中からそれぞれ四件、八件、九件業者を選定した経過を示すならまだしも、相手方担当職員が間違いなく選定しましたと主張するのを鵜呑みにすることができないのは、税務署が更正処分をしました、だから間違いありませんというのに等しく、いかなる母集団から、どうやって選定されたかこそ、検証されねばならない。それによつて、相手方主張の同業者の選定が恣意的で同業者率に根拠のないことは明らかにする。

2、申立人は、外注が大半を占める塗装業者である。また、鉄筋、重工作物、等でなく、木造建築の塗装を主とする。このような場合、業種、業態の類似性を論ずるなら、機械設備の程度、原材料費の多寡、従業員の数等、同業者の選定には配慮すべき事項が多い。しかし、相手方は、それを無視した抽出を行つていることが明らかであり、それも右書類の提出で明らかにする。

五、文書提出義務の原因

西宮税務署長は、国の徴税行政を分担する大蔵省の外局たる国税庁の所掌事務を分掌する国税局の所掌事務をさらに西宮、宝塚市の地域において一部分掌する、行政機関である。本件においては、たまたま、申立人が西宮市から神戸市北区に転居したため、神戸市北区において、徴税事務を分掌する、行政機関たる被告兵庫税務署長が更正決定を行つているが、いずれにしてもそれらの事務は国の徴税権限の行使として国に帰属することは言うまでもない。そもそも申立人が住所を変更することによつて民事訴訟における文書提出の問題に帰趨を及ぼすことは全く不合理といわねばならず、税務訴訟において文書提出命令の当事者は、権限の帰属する国と考えなければならない。ところで、本件訴訟において、一項の文書を相手方が引用していることは被告第二準備書面で明白である。そうであるから、西宮税務署で保管する一項記載の文書は提出しなければならない。

別紙(二)文書提出申立てについての意見書(一)《省略》

別紙(三)文書提出命令についての意見書(二)《省略》

別紙(四)文書提出申立てに対する意見書(一)

原告は、別紙(一)の文書提出命令の申立書により、同申立書記載の各青色申告書及び同書添付の決算書一切(ただし、提出は右書面の写しで業者名、住所は黒塗り)の提出命令を申し立てているが、本件申立ては、以下に述べるとおり理由がないから速やかに却下されるべきである。

一 本件申立てにかかる文書は民訴法三一二条一号に該当しない。

1 文書所持者である西宮税務署長は、民訴法三一二条一号の「当事者」に該当しない。

(一) 民訴法三一二条一号により文書提出義務を負う者が当事者に限られることは、同号において「当事者カ訴訟ニ於テ引用シタル文書ヲ自ヲ所持スルトキ」と定めていることから明らかであり、このことは裁判例及び学説においても異論のないところである(東京高裁昭和五五年八月二六日決定、税務訴訟資料一一四号三八九ページ、岩松・兼子編法律実務講座民事訴訟編四巻二八二ページ)。

(二) しかしながら、申立人が文書の提出を求める文書所持者は西宮税務署長であり、同署長は訴訟当事者でない。

この点について、申立人は「たまたま申立人が西宮市から神戸市北区に転居したため、神戸市北区において、徴税事務を分掌する行政機関たる被告兵庫税務署長が更正決定を行つているが、いずれにしてもそれらの事務は国の徴税権限の行使として国に帰属することは言うまでもない。そもそも申立人が住所を変更することによつて民事訴訟における文書提出の問題に帰趨を及ぼすことは全く不合理といわねばならず、税務訴訟において文書提出命令の当事者は、権限の帰属する国と考えなければならない。」と主張している。

しかし、申立人のような考え方を認めると、税務訴訟においては、相手方の管轄外の税務署の青色申告決算書等を用いて推計課税し、その青色申告決算書等を準備書面で引用することもひんぱんに行われているのであるから、このような場合、常に相手方以外の文書所持者に文書提出義務を認めることとなつて、民訴法三一二条一号の「当事者」という要件が全く空文化することになる。

また、申立人は、税務訴訟において文書提出命令の当事者は、権限の帰属する国であるともいうが、それでは提出義務を負う文書の範囲が国の所持する文書にまで広がり妥当性を欠くことは言うまでもない。

2 本件申立てにかかる文書は、民訴法三一二条一号の「引用シタル文書」に該当しない。

(一) 申立人は、「本件訴訟において、一項の文書を相手方が引用していることは相手方第二準備書面で明白である。」と主張するが、相手方が相手方第二準備書面において青色申告書という言葉を用いている箇所は、同準備書面二、1、(一)における同業者選定基準の(2)として「青色申告書により確定申告をしている者」、同二、1、(二)において、「前記1で述べた同業者の各年分の青色申告決算書に基づき……」及び、同二、2、(二)における「右同業者率、算定の基礎とした各計数は、同業者の青色申告決算書に基づくものであり……」の以上三箇所にすぎない。

(二) ところで、民訴法三一二条一号「引用シタル文書」の意義については、文書そのものを証拠として引用したことを要するか、当事者が文書の存在と内容を引用しさえすればよいかにつき見解がわかれているところであるが、いずれの見解をとるにしても相手方が同業者選定基準(2)のところで青色申告書という言葉を用いたのは、青色申告者という意味で用いているにすぎず、青色申告書の存在と内容を引用しているものではない。また、他の箇所で用いている青色申告決算書は、同業者選定基準に基づき選定された四名ないし九名(昭和五一年分は四名、同五二年分は八名、同五三年分は九名)の青色申告決算書についてであり、申立人が提出を求めているような西宮税務署長宛に提出されたすべての塗装業者の昭和五一年〜五三年の青色申告書等を引用しているものではない。

(三) したがつて、申立人の本件申立てにかかる文書は、民訴法三一二条一号の「引用文書」にはあたらないというべきである。

二 秘密保持の要請により本件申立てにかかる文書の提出義務は存在しない。

1 民訴法三一二条所定の文書の提出義務は、証人義務などと同様の性質を有する公務上の義務と解すべきであるから、証人に関する証人義務、証言義務について規定する同法二八一条一項一号、三号に該当する事由がある場合には、右法条の類推適用により、文書の所持者には文書提出義務はないのである(東京地裁昭和四三年九月二日決定 判例時報五三〇号一三ページ、東京地裁昭和四三年九月一四日決定 判例時報五三〇号一八ページ参照)。

民訴法二七二条、同法二七三条及び同法条を引用する同法二八一条一項一号の「職務上の秘密」に関する規定は、国家の秘密と訴訟上における真実発見の必要性との衡量に関して、国家の秘密を優先させることを定めている。「職務上の秘密」に属するかどうか明らかでないため、裁判所が証人尋問の申出を採用した場合でも、証人は、尋問事項が「職務上の秘密」に関する理由を疎明して証言を拒むことができる。この疎明があればもはや証言拒絶の当否について裁判所が裁判をする余地はなく(同法二八三条)、監督官庁に対し証人尋問の承認を求める手続を採らなければならない。すなわち、尋問事項が職務上の秘密に関する事項かどうかの実質的な判断権は裁判所にはなく、その点の判断は承認を求められた監督官庁の自由な裁量に委ねられている(井口牧郎「公務員の証言拒絶と国公法一〇〇条」実務民事訴訟講座1三〇三ページ、三〇六ページ)。

前述のとおり文書提出義務も証人義務と同性質を有するとみられるから、文書所持者に守秘義務のあるときは、右文書の提出義務を免れ得るというべきである。

2 ところで、申立人の本人申立てにかかる文書は同業者の青色申告書等の写しであり、そのうち業者名、住所は黒塗りのものであるとしているが、文書所持者である西宮税務署長に青色申告書等の業者名等を黒塗りにする作為義務は発生しない以上、本件申立にかかる文書も業者名等が記載されているものと考えざるをえない。

そうすると、私人の申告所得額の内容は、個人の秘密として他人に知られることを欲しないものと解されるので、それは国家公務員法一〇〇条一項所定の「職務上知ることのできた秘密及び所得税法二四三条所定の「その事務に関して知ることのできた秘密」に当たる。それゆえ原告の文書提出の申立てに係る文書を提出することが公務員(税務職員)の守秘義務に違背することとなることは明らかである。

そして、このように訴訟当事者が国家公務員法、所得税法によつて第三者の秘密保持のために、ある文書に記載された事項につき守秘義務を負う場合には、当該第三者が右文書の提出に同意しているとか、或いは、訴訟当事者が、その文書の内容のすべてについて、例えば、右第三者たる納税者の住所氏名、営業内容、所得金額等のすべてについて逐一詳細に当該訴訟において申し立てているなど第三者が既に秘密保持の利益を放棄もしくは喪失していると見られる特段の事情のないかぎり、当事者は右文書につき民事訴訟法三一二条一号により提出義務を免れると解すべきである(前記東京高裁決定)ところこのような特段の事情の認められない本件の場合においては、相手方は文書の提出義務は負わないと解すべきである。

三 本件文書提出の申立てには、立証の必要性が存在しない。

ところで、本件抽出の母体となつた同業者は、申立人と同業者であり西宮税務署管内に所在する個人の青色申告者であるから、同業者の抽出に当たつた担当官に対する尋問によつて合理性の反証を行うこともできるし、申立人所持の帳簿書類、原始記録等の提出により反証を行うことも可能なはずである(東京地裁昭和四九年二月六日判決・訟務月報二〇巻一三号一六〇ページ)。そもそも納税者たる原告は、自らの所得に関して最もよく知る者であるから立証技術の工夫によつて他に反証を挙げることもさして困難でないのである(東京地裁昭和四九年一一月七日判決訟務月報二〇巻一三号一七一ページ)。

すなわち、相手方は、乙第一号証及び第二号証の一ないし二二を所得率算出のための推計資料として提出しているのであつて、これによつて当該同業者の業態、立地条件等が申立人のそれと類似していることが証明されれば右の推計の合理性が一応肯認され、もしその証明が足りないのであれば相手方はその立証責任に属する課税の正当性を証明し得ないことになるだけのことであつて、いずれにしても本件申立てにかかる文書が提出されなければ推計の合理性に関する相手方の積極立証、申立人の反証ができないという性質のものではないのである。

よつて本件文書提出命令の申立てはその必要性を欠くものである(名古屋高裁昭和五三年二月一六日決定 訟務月報二四巻六号一三一一ページ参照)。

別紙(五)文書提出申立てに対する意見書(二)《省略》

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